象徴としてのタバコ


嫌な世の中になりました。路上でタバコを吸っただけで罰金です。健康増進法なんていう面白い名前の法律までできちゃいました。
マナーまで法律で強制しようとするなんて馬鹿げてますね。
うちの近所のタバコの自動販売機には、買うときになんかの認証をしなくちゃいけないシステムがついてました。まだ動いていないけど。
東浩紀よろしく環境管理型権力がまかり通ってきてますね。
フーコーパノプティコンが平和に思えます。


千代田区あたりが初めて路上喫煙を法律で禁止したとき、マスメディアで大絶賛してたのに違和感を覚えて、ネットなら批判の渦だろうって思って2チャンネルあたりを見てみたら、えらい喫煙家バッシングが出てて非常にショックを覚えた記憶がある。世の中にこんなに嫌煙家がいるなんて知らなかった。別に嫌いなだけならいいんだけど、嫌いを強制する人が多いっていうのにショックだった。その頃はまだ近代的な民衆を信じていたので。


その頃に考えた象徴としてのタバコの「意味」について思い出しつつ、書いていこうと思う。
マスメディアとかではタバコは「健康」に関する文脈で語られることが多いけど、タバコは何重もの意味が重ね合わさった意味の集合体であって、「タバコ=ニコチン・タール=不健康」という単一の意味を持った存在ではない。
とりあえず今思い出したのは以下の6つ。もうちょっとあったかもしれない。


(a)ストレスの中和という幻想
(b)中断への契機
(c)コミュニケーションツール
(d)マスキュリニティの象徴
(e)反社会性の象徴
(f)死への羨望

(a)ストレスの中和という幻想

そのままだと思うけど軽く説明。ニコチンが切れてくると、ニコチン摂取に対する欲望が出てきて、それを満たせないとストレスが蓄積される。タバコを吸う事でそのストレスを解消する。タバコを吸わなければニコチン中毒にはならないので、ストレスも溜まらないんだけど。ニコチン不足に対するストレスと他の問題に関するストレスをタバコを吸うことで一気に解決してしまうという幻想のこと。

(b)中断への契機

喫煙することによって、数分の無意味な時間が消費されることになる。無意味ということが重要で、無意味はこれまでの思考と今後の思考との緩衝となることができる。つまり、頭の切り替えが容易になる。何かに行き詰ったときにタバコを吸うことで、頭を切り替えて別の視点から考えることや、別の問題に取り掛かることができる。
また、喫煙にはニコチンが切れてイライラするという生理学的な問題を自分または他者に対する言い訳にして、無理やり休憩時間を作り出すという効用もある。

(c)コミュニケーションツール

おそらくこれがタバコの文脈で一番重要な意味だと思う。なぜかこの問題について書いている文を見たことがないけど。
コミュニケーションツールとしてのタバコにはいくつかの種類が観察される。


1.喫煙所コミュニティ
喫煙所コミュニティは絶大な影響力を持つ。全ての喫煙所という空間は「バックステージ」である。バックステージというのは舞台裏という意味で、フロントステージ(表舞台)と対照となる関係を持っている*1。フロントステージではフォーマルなコミュニケーションが行われる。逆に、バックステージではリラックスした状態での伸び伸びとしたコミュニケーションが行われる。
職場という文脈では、オフィス内がフロントステージだとすると*2、喫煙所や給湯室がバックステージとなる。つまり喫煙所は最も円滑にコミュニケーションを行える空間となる。
また、喫煙所に集まるのは「喫煙者のみ」という点も決定的に重要だ。社会は「社会の外部」があって初めて存在する。外側の無い社会など存在し得ない。社会の外側と内側の間に「境界」が生まれて初めて社会が成立する。
喫煙所に集まる人は全て喫煙者であるため、非喫煙者という社会の外部を生得的に持っている。つまり喫煙所に集まった瞬間に「喫煙者社会」という社会が成立する。そこに非喫煙者が入っていくのは非常に困難である。このコミュニティに仲間入りするには、喫煙者とならなければならない。
喫煙者にとって、喫煙所コミュニティはコミュニケーションを取るのに非常に優れた空間となる。喫煙所ではあまり話したことのない上司などとも円滑にコミュニケーションを取ることができる。さらに誰かの悪口などを言うことによって、職員同士の結びつきを強化する意味も持ち合わせる。


2.間をつなぐ装置
コミュニケーションツールとしてのタバコのもう一つの側面は「間」を繋ぐことができるということだ。タバコを吸うときには口に咥えなくてはならない。口に咥えるには話すことを一時的に中断しなくてはならない。そこで「間」が生まれる。
人とのコミュニケーションにおいては、「間」は非常に気まずい。人の会話をよく観察していると、できるだけ「間」を減らすように努力している姿がよくわかる。基本的には喋り続けることが多い。それには、「うーん」や「あー」などの無意味な音声も含まれている。しかし、話し続けるということは高度な技術が必要となる。そこでの代替手段として「間」を「間」で埋めるという方法が取られる。時計を見たり、携帯をいじったりして「間」を埋める。最もスムーズに「間」を埋められる「間」は喫煙である。タバコを吸う「間」でコミュニケーションの「間」を埋め、さらにその「間」で次の話題を考えることができる。コミュニケーションが不得意の人にとっては、タバコは欠かせないツールだ。


3.喫煙者社会
喫煙所コミュニティの所でも出てきたが、喫煙者は喫煙者内部の社会を作ることができる。喫煙者は「喫煙」という共通の習慣を持っているため、親近感を抱きやすい。さらに喫煙所コミュニティでこの関係は強化される。タバコを止めるということはこの社会からの離脱を意味する。一時的に禁煙しただけでも、この社会からの羨望を伴った緩やかな非難が浴びせられる。それで中々止められなくなる。もしくは、止めたとしてもすぐに再び喫煙を始める。



長くなっちゃったな。たぶん段々テキトーになってくると思うけど続きを。

(d)マスキュリニティの象徴

現代社会では喫煙はマスキュリニティの象徴としての地位が確立されている。理由は歴史を検証してみないとわからないが、既に確立されていることは確かだ。
タバコとマスキュリニティとの関係で真っ先に思い出されるのは「マルボロマン」である。ウェスタンハットを被って、ハーレーに乗って、西部の砂漠を疾走する。そんなダンディズムとタバコは見事に結び付けられている。
女性がタバコを吸うという「カッコ良さ」もマスキュリニティに関わる問題だ。かっこいい女性とは「自立して」、「仕事ができ」、「男に媚びない」という像が思い浮かばれる。これらのイメージは全て伝統的なフェミニティの拒絶と、マスキュリニティへの羨望と重なる。フェミニティを表す言葉である「かわいい」とタバコを吸う女性は全く結び付けられない。
また、喫煙という行為は性的な意味も持ちうる。喫煙する行為は乳首を吸うという行為を連想させる*3。女性性への欲望という意味もタバコは持ち合わせる。


(e)反社会性の象徴

タバコを吸うことは「よくないこと」として社会的に教育されている。子供は義務教育の過程やマスメディアで徹底的に喫煙は良くないと叩き込まれる。そのため、タバコは社会的に「悪」というイメージを持つことになる。「悪」というイメージに論理は必要が無い。タバコは感情的に「悪」であり、「敵」であるという存在となる。そこでバッシングが行われる。
多くの少年は「反抗期」を経て大人になる。「反抗期」とは社会への「反抗」であり、悪への羨望である((すいません。ほんとは反抗期について良く知りません。)。さらに未成年はタバコが法律で禁じられているとあって、よりいっそう社会に対する反抗という意味合いが強くなる。
偏差値の低い学校で喫煙率が高いというものこの点が大きい。「頭が悪いからタバコを吸う」のではなく、「社会に対する反抗からタバコを吸う」のである。もちろんマスキュリニティの問題も大きい。
大人になったとしても社会に反抗する姿は「かっこいい」という幻想は消えない。タバコの反社会性という象徴は生き続ける。

(f)死への羨望

タバコは必然的に死を連想させる。体に悪いという事実、淡く光る赤い炎、ふわふわ飛んでいく煙。全てが死に結びつく。タバコを吸っているということは、死への階段を登っているということにほかならない*4
近代は「生」が絶対的な「善」となっていった時代だ。近代では人の命は地球よりも重いのだ。人を殺すことが絶対悪になったのは近代以降だということが至るところで指摘されている。日本でも「切り捨て御免」があったくらいなので、農民の「生」よりも武士の「威厳」の方が重要だったのだろう*5
絶対善としての「生」は、死の象徴としてのタバコと対立を起こす。そして感情的な嫌悪を抱かせる。その一方で、多くの人は生きていくために、「死」を求める。人が「生」を感じられるのは「死」を意識しているときだけだ。「死」のない「生」は存在し得ない。タバコを吸うことによって、「死」への階段を登る。まさにそのことによって、「生」を感じることができる。
近代社会は「生」を絶対善とすることによって、「死」を遠ざけてきた。昔の日本では墓場は宅地のすぐ近くにあった。近くだからこそ意味があった。しかし、今では墓場の近くに住みたいというひとは、ほとんどいないだろう。そこで「生」と「死」を巡る歪みが生じている。タバコはその歪みを正す意味を持っている。

*1:詳しくはゴフマンの「Presentation of Self 〜〜」を。確か邦訳は絶版だった気がする。

*2:「フロント」、「バック」は相対的な関係で、会議室が「フロント」のときは、オフィスが「バック」となりうる。

*3:乳離れが遅かった人ほど喫煙者が多いというような記事をどこかで読んだことがある

*4:こういう胡散臭い議論が大好きなんです。

*5:詳しく知りません。間違ってたらごめんなさい。