祭りの後と祭りの前

分裂病に関する本を読んだり、ネットで情報を漁ることが好きだ。仕事しないで1日中分裂病情報を集めていることがある。主に現代思想的な観点から分裂病を見ていくのが好きだが、実際の症例や対処法などを見ていくのも好きでよく調べている。

別に馬鹿にしたり差別したりしているわけでもなく、僕が分裂病になっているというわけでもない。「分裂病的なもの」に強く惹かれるのだ。

それは僕が分裂病親和的だということとも関係している。よく人間を「分裂病的なタイプ」、「躁鬱病的なタイプ」、「てんかん気質」に分類することがあるが、僕は確実に分裂病的なタイプに当てはまる(この分類が適切なものかどうかはわからないし、そもそも人間を分類することに違和感があるが)。分裂病の症状を見ていくと自分にも当てはまることが多々ある。軽く離人症的な感覚を覚えたりすることもある。たぶん発症はしていないとは思うが。こういうのはどこからどこまでが病気だかはっきりしないものだ。苦しんでいるかいないかで判断するしかないのだと思うのだが、僕はそれほど苦しんでいないので発症していないのだろう。

木村敏の精神病と時間との関係は非常に面白い。彼は分裂病的な時間を「アンテ・フェストゥム型」、躁鬱病的な時間を「ポスト・フェストゥム型」、てんかん的な時間を「イントラ・フェストゥム型」と分類した。

詳しいことは専門家の議論に任せるとして、ここでは簡単に説明すると、アンテ・フェストゥムとは祭りの前を意味し、分裂病患者は常に未来の祭りを先取りしたような意識を抱いているということ。逆にポスト・フェストゥムはいわば「後の祭り」で、躁鬱病患者は常に過去の祭りを後悔しているという意識を抱いているということである(イントラ・フェストゥムは祭りの最中)。つまり分裂病的な時間は「未来志向」で、躁鬱病的な時間は「過去志向」ということだ。

時間感覚が違うということは必然的に空間感覚も違うということをも意味する。人間は常になんらかの役割を演じている。しかし、その役割が自分のアイデンティティと著しく異なるときには、その役割を全うすることを拒否しようとする。「本当の自分」はこんな役割ではないと考える。つまり役割との「距離」を取ろうとする。この距離をゴフマンは「役割距離」と呼んだ。

分裂病親和的な人はこの距離感覚が大きい。常に自分は現在いる空間にふさわしくないのではないかという感覚を抱く。逆に躁鬱病親和的な人は役割に固執し、役割との同一感に苦しむ。

80年代以降、ポスト構造主義周辺では現代は躁鬱病的な(もしくはパラノイア的な)時代から分裂病的な時代へと移り変わってきているという議論が盛んだった。しかし、僕のいるサラリーマン社会は相変わらず躁鬱病的な社会だ。優秀なサラリーマンであるということは優秀なサラリーマンを演ずるということに他ならない。何の違和感もなくサラリーマンを演ずることが「デキる」サラリーマンの条件だ。就職試験という儀式でこのことは徹底的に鍛えられる。うまくサラリーマンを演じることを覚えた人が良いサラリーマン(有名企業のサラリーマン)になることができる。

良いサラリーマンが集まっている企業は当然のことながら、過去志向だ。過去の栄光に囚われていて、徹底的に前例主義だ。前例主義は最近かなり批判されているが、世間で一流と言われている会社ほど前例主義が強い。僕の取引先である某一流大企業は偏執狂的な前例主義で、冒険することを徹底的に嫌がる。他社のフォロワーにしかなることができない。

僕の会社はしがない中小企業なので、そんな躁鬱病的でもないが(上の世代にいけばいくほど躁鬱病的になってくるが)、取引先はかなり躁鬱病的な企業なので、分裂病的な僕は非常にやりにくい。というか、サラリーマン社会は躁鬱病的なので、向いていない。「本当の自分はこんなとこにいるわけではない」みたいな青臭いことは考えないけど、うまくサラリーマンを演じきれない自分がいる。時間感覚についても同様で、「なんでそんな『常識』に囚われているの?」とか「なんで以前あったことにクヨクヨしているの?」、「また同じことやるの?」って思うことだらけだ。僕は後先考えずに適当な理論をぶちまけて、飽きたらすぐ投げ出してしまうという無責任タイプ。たぶん周りは結構迷惑に思ってると思う。

どうであれ、分裂病親和的な僕はサラリーマンに向いていない。向いていないって思っている時点で既に向いていない。でも、40歳過ぎてリストラされ過去の役割との同一感で苦しみ、アノミー状態に陥ってしまうような典型的なサラリーマンよりはいいかなって思う。リストラされたら、それはそれでショックだが、別の仕事探そうって思って、逆にちょっとワクワクするような気がする。そんな僕は明日もサラリーマンとの距離を感じながらサラリーマンを演じるフリをしながら、ネットで分裂病について調べているだろう。